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働くハツカネズミぶろぐ

働きながら感じたことをつらつら書き綴ります。インフラ企業下っ端。

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浮世の画家

カズオ・イシグロの『浮世の画家』を読んだので読書レビューです。

主人公が一人称で回想しながら進む物語。

日の名残り』や『私をはなさないで』と同じスタイルです。

 

 

 

概要

戦後の日本が舞台。

戦中、軍国主義を後押しする絵を描き続けた中年の画家が、自身の人生を回想する。

少年時代に家を出た理由、画家として積んできたキャリア、戦争へ抱いた思いとそれに対する反省、家族や弟子との人間関係など、記憶はあちこちテーマを変えながら前後して辿られる。

 

一人称で語られる記憶

他の作品と同じように、まるで主人公の記憶を追体験しているようなリアルさでした。

人間が過去を思い起こす時の要素が、仰々しくない言葉で詳らかに書かれて、登場人物の体温や記憶の手触りが感じられます。

読み始めてからいくらもしないうちに、昔の武勇伝を繰り返し語るタイプのおっさんが思い浮かんだ、とか書くと他の方が読む気を削いでしまいそうです。

しかし、実際そうだったので仕方ないでしょう。

でも、イシグロ作品ですので退屈はいたしません。

文章が読みやすいのもあって、どんどん読みすすめてしまいます。

他人が書いた誰かの回想録なのに、まるで自分が何かを思い出しているのと同じようなスピードで読み進められました。

 

過去の記憶と人間の欺瞞

印象的だった記憶を温め、繰り返し回想しながら、自分の望む自分への評価を紡いで行ってしまうのは、多くの人が持っている癖なんでしょう。

あまりそういうことはせず、虚心坦懐に自分を眺めていたいと思うけど、周囲の人から見たらその努力でさえ一歩ズレたものになっているのかもしれません。

主人公は、過去の自分の影響力を過大評価したり、過ちをなかったことにしようとしたり、自分の記憶を緩やかに改変しようとしているのがわかります。

そして、自分ではそれを認識しないように努めていることも伝わります。

カズオ・イシグロの小説は、まるで自分の記憶を辿るかのように主人公の一人称の語りを負うのと同時に、人間が自らの記憶に対して無意識に行ってしまう改編や、歪んだ評価も一緒に辿らせるところが特徴的だと思います。

単に回想するだけではなく、人間が回想と同時にしてしまう、主観的な思考もセットで明らかにされているところが、主人公を何より人間的に見せるわけです。

 

戦争中や戦後の時代を舞台にしているためか、少し閉塞感のある場面もありますが、平易な文章が貢献してあまり読みにくい印象を残さない小説でした。

イシグロ作品が好きな方には是非おすすめしたいです。