不死細胞ヒーラ――ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生
再び読書の記事です。
タイトルだけ見るとSFっぽいですが、サイエンス・ノンフィクションです。
とても印象に残った書籍の一つなので、ぜひご紹介したいと思います。
あらすじ
ひとりの黒人女性から同意なく採取された子宮頸がんの細胞が、恐るべき強靭さと
増殖力を持っていることがわかる。
この細胞は、生みの親である黒人女性、ヘンリエッタ・ラックスの名前から、ヘンリエッタのHeとラックスのLaをくっつけて、HeLa細胞と名付けられた。
ヒーラ細胞は、史上初めて人体を離れたまま分裂と増殖を続けられる細胞として、全世界の研究室へ広まった。
ヒーラ細胞は何十年にもわたり、ありとあらゆる医学・生物学上の研究開発に
多大な貢献をすることになる。
しかしヘンリエッタもその家族も、ヒーラ細胞の偉大な功績はもちろん、がん細胞が採取されたことすら知らないまま、満足な医療も受けられない生活を送っていた。
ヘンリエッタ・ラックスとヒーラ細胞を巡る人々
科学の世界に多大な貢献をしたがん細胞の数奇な運命と、その細胞をこの世にもたらした女性の一族の生活、科学の最先端にいる普通の人間たちと、その外側にいる普通の人間たち。
どの視点からの文章も飽きさせない内容で、どの立場の人たちへも客観的な取材が
されていました。
知的好奇心が刺激されるのは、筆者の冷静な視点と丁寧な仕事の産物です。
ポリオワクチンや、がんの研究にヒーラ細胞が大きな貢献をしたことは全然知らなかったけれど、多分ヘンリエッタのように同意なく科学の研究に「協力させられた」人は数多くいたんだろうと思います。
それに苦痛が伴ったかとか、本人や周囲の人の人生にどんな影響があったかは場合によって様々だとしても。
当たり前のように恩恵を享受している数々の技術の裏側に、数えきれない人間がかかわっているんだろうなあという感想が湧いてきました。
この本では、世界中の研究室で「仕事の道具」「商材」「試料」といった存在で
しかなかったヒーラ細胞の持ち主が丁寧に真摯に描写されることで、科学の進歩の
裏側にいた名もなき人間に名前がついて血が通ったような気がします。
でも、同時に科学者たちの仕事ぶりや人間性にも冷静に取り上げてみることによって、研究者・科学者でない人たちだけが人間であるかのような展開にはなっていない。
とてもバランスが良いと思います。
終盤の問題提起
そして、ヒーラ細胞に関わった科学者たちや、ヘンリエッタの一族の歴史を辿るドキュメンタリーのような始まり方をしつつも、終盤ではひとつの問題提起がされている。
わたしたちの体質や遺伝子は、それ自体が個々人の固有の財産であり、個性そのものでもある。
それを守るのは誰か、そもそも守られるべきなのか。
ひとたびわたしたちの体を離れた組織や細胞や遺伝子は、もうわたしたちのものではないのか、それは科学者や研究者が自由に試料として利用し、あるいは商業的利益を得ていいものなのか。
400ページ以上もある大作だけど、たくさんの視点があり、いろんなテーマが
あったので飽きることなく夢中で読めました。とても満足。
あと、ヘンリエッタの娘デボラを見ていて思ったのは、彼女の言うとおり「教育がすべて」だなということ。
アメリカの格差社会がすさまじいというのはあまりにも有名で、教育格差もその一つだけど、その度合いが日本とは桁違いだった。
字が読めなかったり、基本的な科学の知識がないことで負ってしまうハンデはとんでもないものなんだと感じました。
同時に、今まで勉強したことがどれだけ自分の身を守ってくれているかにも気付ける。
知は力なりと感じる一冊でした。