サトクリフの歴史小説
突然ですがイギリスを代表する児童歴史小説家サトクリフの作品をご紹介します。
いくつか立て続けに。
『トロイアの黒い船団』
トロイア戦争を題材にしたギリシア古典『イリアス』が元ネタの歴史小説です。
サトクリフはジュブナイル向けの歴史小説家ですが、大人が読んでも充分な歯ごたえのある文章と、絶妙な構成です。
『第九軍団のワシ』や『ともしびをかかげて』でもそうだでしたが、古典を下敷きにした作品でもそれがいっこうに勢いを失いません。
イギリスの小説はいつも文章の細部が美しいなと思うけど、サトクリフのは特に読んでて楽しいです。
話自体は有名なものなので中学生や高校生の頃から断片的に知っていましたが、成人してから読むと登場人物一人一人にいちいち共感してしまう。
あと、大事な場面で功名心や見栄、焦りや恐怖のあまりに余計なことを言ってしまう、してしまう、という人間味のある描写が昔は不満でした。
戦いに秀でた戦士だとか、聡明な統率者だとか登場人物を紹介しておきながら、どうしてここぞという場面でこんなことするんだ、普通の人間じゃないかと思っていました。
けど、今ではそれも許せてしまう。
壮大な戦いを描く戦記というのがベースになっていますが、戦いに絡めて人間のさまざまな面を明らかにする群像劇という意味でも素晴らしいです。
『オデュッセウスの冒険』
説明するまでもなく同じくギリシア古典の『オデュッセイア』を下敷きにした小説。
トロイア戦争の地で長い年月を過ごした英雄オデュッセウスが、これまた長い年月を
かけて自国イタケに帰還するまでの冒険譚です。
知略と武勇を併せ持った英雄オデュッセウスの人間らしい部分を魅力的に描きつつ、
神々や行く先々で出会う人々の助けを借りながら、懸命に故郷を目指すオデュッセウスの姿を伝えています。
ナウシカ素敵でした。
強い望郷の気持ちは、留学してみたり、転勤してみたり、あるいは国土を揺るがす
災害を(少しだけですが)経験したりといった背景がなければここまで共感はしなかったかもしれない。
戦いでぼろぼろになっても、仲間を失ってもオデュッセウスが帰ろうと思ったのは故郷だけが日常を回復できる場所だからですね。
『アーサー王と円卓の騎士』
イギリスに伝わるアーサー王伝説を、サトクリフが編纂・加筆したもの。
これもまた、単なる円卓の騎士の群像劇、アーサー王の伝記に留まることなく2つを融合しているのが良いです。
にしても、学生時代に1度読んだはずなのに、むっちゃ最初のところ以外は『トリスタンとイズー』しか覚えてなかった…とりあえず『トリスタンとイズー』大好きです。
とても悲しくて美しい愛です。
『ガウェインと世にもみにくい貴婦人』も後味がほろ苦い。
この本には2冊の続編があるのですが、このあとガウェインは再び心の安らぐ時が
やってくるんでしょうか。